全米で最も人口が多く、全米最大の経済都市、ニューヨーク市。市の中心部マンハッタンには国際連合の本部もあり、高層ビル群が立ち並びますが、マンハッタンが市の全てではありません。

マンハッタン、ブロンクス、クイーンズ、ブルックリン、スタテンアイランドの5区を合わせてニューヨーク市が形成されています。

一説には170もの言語が話されているという人種のるつぼであり、アメリカの数ある大都市の中で最も公共交通機関が発達しています。多くの路線で24時間運行が実施され、“眠らない街“とも呼ばれています。

この10年間でニューヨーク市の人口は大きく増えました。従来からあるタクシーに加えてUberやLyftなどのライドシェアサービスが普及したことで、交通渋滞が問題となり、2021年からライドシェアの料金に混雑料金を上乗せすることが決まっています。

自転車活用推進の背景

ニューヨークで自転車の利用を後押ししているのは都市の持続可能性への関心の高まりと、人中心社会への変化です。

2000年以降、道路にいるドライバーの数が1割で歩道にいる人の数が9割なのに、クルマの占める面積が9割で歩道の面積が1割というのはおかしいという発想が広がって行きました。

クルマ中心の社会から人中心の社会へ変化させていく過程の中で、快適に安全な移動を担保する乗り物として“持続可能な輸送モード”という発想が生まれ、地下鉄やバスなど公共交通機関と自転車、徒歩が改めて注目されました。

ニューヨーク市の通勤手段

マンハッタンCBDに入る人の交通手段
出典:Mobility Report 2019 NYC Department of Transportation(DOT)

マンハッタンCBD(Central Business District /中心商業地域)に入る人の交通手段は地下鉄が最も多く、次にクルマ(運転/同乗を含む)やタクシー、トラック、さらに鉄道、バス、その他の順になります。

自転車はその他に含まれますが、ニューヨーク市内の通行量推移を見てみると1990年の時点で1日10万台でしかなかったのが2017年には約5倍の49万台にまで増えており、その間に何があったのかと驚きます。後述しますが、インフラの整備が進んだことが最も大きな影響を与えていると考えられています。

出典:Mobility Report 2019 NYC Department of Transportation(DOT)
 

自転車通勤者数の推移を見ても、2012-2017の5年間で55%upと激増しており、増加率が全米他都市にダブルスコアをつけ約5万人が自転車で通勤しています。

出典:Green Wave 2019 NYC Department of Transportation(DOT)

一方で全米の他の大都市と異なり、クルマの利用は大幅に抑えられています。もし多くのニューヨーカー達が再びクルマに乗って通勤を始めたら、道路インフラと駐車スペース不足で街は確実に機能停止へと追い込まれるでしょう。

交通手段別割合

ニューヨーク市の交通手段は、徒歩が約3割にも及びます。例えば、ブルックリンからマンハッタンへの通勤では、ブルックリン・ブリッジを歩いて渡る人も多く見られます。中心部にオフィス街がありますから、全体の1/3が通勤目的となっています。

出典:Mobility Report 2019 NYC Department of Transportation(DOT)

ニューヨーク市交通局(DOT:Department of Transportation )の取り組み

インフラの整備

2014年にニューヨーク市で事故死者数ゼロを目指す“Vision Zero”が宣言されて以来、DOTは83マイルのプロテクテッド(保護)レーンを含めて市内の自転車保護レーンを911マイルから1,243マイル(約1,988km)まで延伸させました。これは米国内で最大の規模を誇ります。

出典:Green Wave 2019 NYC Department of Transportation(DOT)

2018年にはDOT交通規則によって電動アシスト自転車が認可され、サイクリングがより簡単で魅力的になりました。

2019年は多くの自転車事故の死者があり、ここまで必ずしも順風満帆ではありませんでしたが、過去20年間で、市内のサイクリングはかなり安全になりました。自転車ネットワークと自転車に乗る人が増えるにつれて、サイクリストが死亡または重傷を負うリスク(KSI)は2000年以降75%減少しています。

ニューヨーク市における自転車事故リスク
出典:Green Wave 2019 NYC Department of Transportation(DOT)

DOTは今後さらに自転車ネットワークを構築し、車両やトラックの運転手を含むすべての道路利用者に教育を提供し、“自転車とクルマが安全に移動できるための施策”を強化し、都市全体のサイクリストの安全性を高めて行くと宣言しています。

下図は自転車保護レーンの年次ごとの施工状態を表しており、年を追うごとに増えていることが分かります。DOTが推進する“自転車保護レーン”とは最も安全なパーキングプロテクテッドレーンなど、サイクリストが安心・安全に走れる空間整備を指し、日本でも同様の整備が一部の都道などで実施されています。

自転車保護レーンの施工状況
出典:Green Wave 2019

シェアサイクルの拡大

さらにニューヨーク市内には、金融業のシティグループがスポンサード(運営はDOT)したシェアサイクルCiti Bike(シティバイク)があって通勤・通学にも利用されています。

ニューヨーク市のシェアサイクルCiti Bike

クレジットカードがあれば観光客でも簡単に借りられて、シングルライドだと30分以内の利用で3ドル。1dayパスは15ドルで、1回の利用は30分以内です 。

 

ポート数が約1,000箇所、自転車台数は約15,000台

米国で最大の自転車シェアシステムであるCiti Bikeの利用は、昨年8%増加しました。DOTとLyftは、人の移動を2倍にし、2023年までに貨物を3倍にすることを計画しています。Citi Bikeはサービス開始以来8,200万回の利用があり、1日あたり最大85,000回の利用記録があります。晴天の営業日だと平均して70,000回以上利用されており、最近では、電動アシスト自転車タイプのCiti Bikeも登場しています。

通勤費用の実態

自転車通勤者に対する通勤手当に関してニューヨーカーたちは悲しく思っているでしょう。公共交通機関で通勤する人たちは手当があるようですが、自転車通勤者に対しては駐輪場代やシェアサイクル費用でさえ払ってもらえず、自腹で乗るしかありません。

ニューヨークで自転車活用が劇的に進んだのは、ここ15年のことです。前市長のブルームバーグ氏がplaNYCを2007年に発表してBike-Friendlyな街を目指すと決めて以来、DOTは保護レーンに重きを置いて整備を進めてきました。

そのおかげで全米一と評価される自転車走行空間が東海岸の大都市に生まれ、市民は渋滞するクルマを尻目に颯爽と自転車で通勤を始めました。

2009年には“バイク・イン・ビルディングス法”が施行され、敷地内に駐輪場がないビルは屋内に停められるようになったことも自転車通勤をしている人たちには朗報でした。

おわりに

ニューヨーク市の取り組みにより、車道は再配分され、広場や自転車保護レーンに変わりました。

そして現在、タイムズスクエア前は大きな広場に生まれ変わっています。元DOT局長のジャネット・サディク=カーン氏が自著STREET FIGHTの中で、素早いアクションと地道な説得が道を切り拓いたと書いています。

自転車保護レーンはNYCスタイルと呼ばれ、物理的な柵やボラードが無くても安心・安全に自転車が走れるレーン方式だとして世界から評価されています。

マインドスイッチでは、自転車や自転車通勤による健康的で豊かなくらしを実現するための情報をこれからも皆様にお届けしてまいります。