プロアスリートの引退後の人生とは
- Tim DeBoom(トライアスロン)の場合 -

2020/11/13

アイアンマンチャンピオンを経験したトライアスリート Tim DeBoom に訊く

引退とその後のキャリアについて

 

Words By : Sarah Piampiano

 

レースの開催も少ない今年、自身もプロトライアスリートである Sarah Piampiano はサイクリストやトライアスリートの引退後の人生について取材する活動に力を入れています。

レーサーとしてのキャリアを終えて彼・彼女らのフィジカルやメンタルにはどんな影響が生じるのか、そしてそれにどう対処しているのか。

今回Sarahがインタビューするのは、アイアンマン世界選手権で二度のチャンピオンに輝いたトライアスリート -Tim DeBoom-

Timがプロフェッショナルアスリートからひとりの父親・夫としての人生へと如何にしてシフトしていったのかを紐解いていきます。

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プロとしてのキャリアを通して、私は多くのアスリートの引退を目にしてきました。

それまでのキャリアを活かすべく同じもしくは近い業界で働き続ける人もいれば、まったく別の分野にモチベーションを向け新たな人生に飛び込んでいく人もいます。

 

プロトライアスリートとしての活動に2012年でひとつの区切りをつけたかつてのワールドチャンピオン Tim DeBoom は、そのどちらにも分類することができないのかもしれません。

引退後は子供達にスポーツを教えたりしながら、家庭を第一に考える父親・夫としての新たな生活をスタートさせています。

 

 

 

 

1995年から2012年までの17年間、Timは30ヶ国、200以上の大会に出場し輝かしい成績を挙げてきました。

とりわけ2001年および2002年のアイアンマン世界選手権での勝利は特筆すべきもので、

それ以降アメリカ人選手の優勝者は出ていません。

 

 

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2012年、Timはプロとしてのキャリアに終止符を打ちました。

彼は今回、プロフェッショナルトライアスリートを辞めることに対する葛藤、

その後の人生で何を目標にしていくべきなのかという不安について、包み隠すことなく語ってくれました。

環境の変化を前にして、また次に何をすべきかが見えない時にどう対処していくべきか、

以下のインタビューを通じてTimの見識を紹介してみます。

 

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-スポーツのバックグラウンドとトライアスロンを始めたキッカケについて教えてください-

アイオワ州で色々なスポーツに親しみながら育ちました。高校から大学に掛けては競泳にフォーカスしていましたね。

トライアスロンを始めたのは大学在学中です。1995年、24歳の時にプロになり40歳までレースを続けました。

 

-現在の仕事や活動について教えていただけますか?-

現時点で「これをやっている」と明確に言えるものは無いんです。

娘が生まれたことでレースから引退する気持ちが固まりました。家族の元を離れて転戦するのはもう終わりにしようと。

幸い妻のビジネスが上手くいっていたのと、子育てをベビーシッターや託児所に任せるのは嫌だったので、引退後数年間は家にいて父親業をしていましたよ。

今はコーチ業のようなことを少し、娘の学校のボランティア活動を色々と、あとトラック競技やクロスカントリーを子供達に教えたりしています。

 

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-プロのアスリートとしてスポーツから得たものは何ですか?-

スポーツが私の人生を築いてきたと考えています。競泳選手だった頃、本当に朝から晩まで練習漬けでした。トライアスリートになってからも同じです。

才能に恵まれていた訳では無かったので努力でカバーするしかなかったんです。それに何事も中途半端にするのが嫌でした。

色々な意味で自分自身はアスリートだと思います、今でも。

もうプロ選手ではありませんが、スポーツは常に私の周りにあると言えますね。

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-引退を発表するまでにはどれくらいの間考えていたのですか?-

実は引退はちゃんとアナウンスしていないんです。最後のレースを終えた時にこれで終わりなんだなと感じただけです。

そのレースの前にはそれほどナーバスになることもありませんでしたし、限界までプッシュしようとも思えませんでした。

順位が悪くたって全く気にならなかったんです。私はこれですべてやり切ったと思い競技の世界を去ることにしました。

 

もう少し早く引退することもできました。ずっと言ってたんです「ハワイのレースを一度でも勝てたらもう十分満足だよ」って。

ちょっと欲張ってしまったのかも知れませんね。

 

私はアウトドアスポーツで自分の限界に挑戦することがレース以上に大好きでしたし、今でもそうです。

今になって考えると、もう数年早く引退していれば、父親になる前に次のキャリアについて色々とチャレンジできたのかも知れません。

まぁでも満足できる生活が送れていますし、こればっかりはどうなるか実際にやってみないとわからないですしね。

-引退に際しての心境は?-

引退前の数年間は今後のことについていくぶん不安を感じてはいました。

妻のNicoleは選手から起業家へと素晴らしい転身を成功させていましたので、私もどうにかしなくてはと。

でも、彼女はレース以上に楽しめる何かを見つけ出せた非常に幸運な例で、それは誰にでもできることではありません。

トライアスリートとしてトップレベルの世界で戦ってきた自分が、別の物事をゼロから積み上げていけるのか、

何よりトライアスロンと同じような情熱を注いでいけるのだろうかという怖れがありました。

-引退によって自分のアイデンティティーの一部が失われてしまうことが心配でしたか?-

アスリートとしてのアイデンティティーというのは自身がどう考えるかだと思います。

トライアスロンという狭い世界で私の名前や成績を知っている人達は、もちろん私をトライアスリートとして認識しています。

でも、本当に大切で知るべきなのは私が実際にどんな人間であるかということですよね。

選手を辞めてからしばらくはそれに慣れるまでに苦労しました。

ただ私はスポットライトや注目を浴びることを好むタイプではありませんので、そういう意味ではアスリートとしてのアイデンティティーを失って少しホッとしている部分はありますね。

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-多くのアスリートは引退後に気持ちの落ち込みを感じると言います。あなたの場合はどうでしたか?-

確かにそういった気分に向き合う必要がありました。人生に悪い影響を及ぼす程ではありませんでしたが、実際に感じていましたし妻もそれに気付いていたようです。

しかし、幸いにも私には運動という効果的な薬がありました。毎日一定の時間エクササイズすること、外に出ることが大切なんです。

そして娘の存在が大きな助けとなりました。彼女のおかげで人生における幸せ、何が最も大切なのかを理解することができたと思います。

トライアスロン選手であるためには自己中心的な努力が必要です。独身で若い頃はそれで問題無いのですが、他に大切なものができれば物の見方も変わりますよね。

 

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-競技から離れトレーニングが減ることについてはどう考えましたか?-

トレーニングを徐々に減らしていく過程がありました。

5時間に及ぶバイク・スイム・ランのトレーニングを毎日こなしていた私にとって、それが無くなるということになかなか慣れず、今に至るまでには非常に長い時間を要しました。

限りある時間の使い方を考えているうちにトレーニングの重要性がだんだんと低くなっていった感じでしょうか。

 

今でも1日2回は体を動かしています。どんな運動でもエクササイズになりますからね。その代わり持久系のトレーニングの頻度は減りました。

友人と一緒にアウトドアやアドベンチャーを楽しめるくらいの健康や体力は維持していたいですけどね。

かつて競泳選手でしたが今はランニングが最も身近なエクササイズです。ほぼ毎日走っています。自転車はマウンテンバイクにばかり乗るようになりました。

 

最大の変化はトライアスロン選手時代は出来なかった様々なスポーツができるようになったことです。

今はここコロラドでウインタースポーツに夢中です。とにかくもっと沢山スキーをしたいといつも思っています。

もちろん、一番大切なのは家族と一緒に自然の中で過ごすことですけどね。

 

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-引退するに当たって具体的なプランは立てていましたか? トップレベルのアスリートを続けながら将来のことを考える難しさを感じましたか?-

引退する時には将来のプランは全くありませんでした。

競技に100%集中していないと自分の力を発揮できないことはわかっていたので、選手であるうちに引退後のことを考えるのが怖かったのです。

もし現役中に娘が生まれていたら、それもまた選手でいることを難しくしていたでしょう。数週間、時には数ヶ月も家を空けなきゃいけないなんて耐えられませんから。

そういう性分なんです。器用では無いので、その時取り組んでいるものに100%集中することしかできないんですね。

次のキャリアや家族のことを考えながらではベストなパフォーマンスは出せなかったと思います。もちろん今はそうしたものがあるからこその人生ですけどね。

 

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-競技生活を終えた後のキャリアについてどう考えていましたか?-

正直今でもまだハッキリとは定まっていないんです。ありがたいことに今は非常に幸せな人生が送れていますが、ここまで長い道のりでした。

この先トライアスロンで成し得たようなことは他に見つけられないんじゃないかと弱気になることはありますね。

学校に入り直して運動生理学の学位を取ったので、医療の分野で新しいキャリアに挑戦することも考えていますがまだちゃんと決めてはいません。

20年近くもひとつのことに熱中してきたんですから、そうそう簡単にはいかないことは理解しているつもりですよ。

 

全てのアスリートにとって年齢による衰えは避けられません。悲しいことですが私もそうでした。

私はこれまでの人生をずっとアスリートとして過ごしてきましたし、幸いにも大好きなことを仕事にすることができました。

この先どんなキャリアを築いていくにしても、毎日をハッピーに過ごせないのであれば意味がありません。

まだ今後の人生を明確に決めきれていないのも、そういった懸念があるからなのかもしれませんね。


-新たな道を見つけなければならないプレッシャーや不安に悩まされることはありますか?-

最初の頃は自分にプレッシャーを掛け過ぎ、何をするにも集中せねば、成功せねばという焦りが裏目に出てしまっていました。

幸いにも娘の存在がそうした問題を和らげてくれ、妻が新しいキャリアに挑んでいる間に私は娘と過ごすことを第一に考えることができました。

 

いくつかの良いオファーもありましたが、娘のこと、家庭のことで妥協したくはなかったんです。

妻は自身のビジネスに注力していましたし、もし私もそうしたオファーに乗っていたなら家族に影響が出ることになったでしょう。それは私の選択肢にはありませんでした。

当時あの道に進んでいたら良い結果を生んでいたかも、と考えてしまうことはあります。しかしそれを娘や家族と過ごす大切な時間と比べることはできません。


-あの時もっとこうしていれば、といった後悔はないんですね?-

過去を振り返って後悔することは本当に辛いことです。人生はなるようにしかならないのかもしれませんが、私は今素晴らしい毎日を過ごしていますし不満に思っていることは何ひとつありません。

もしかしたらハワイのアイアンマンでの2度目の勝利の後、数年でトライアスロンの世界を去り、医療の分野に進むことやあるいは大好きな山でのガイドの仕事をするといった道も選べたかもしれません。家庭を持つ前だったら色々と自由も利きますしね。

でも、もし違う選択をしていたら家族との今の生活は得られなかったのかもしれません。そう考えれば今と違う人生でありたかったと思うことはありません。

 

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-引退してから今のような心境に至るまでにはどのような過程がありましたか?-

あらゆる面でもはや自分はワールドチャンピオンじゃなくても構わないんだということを受け入れた時、色々な苦悩や不安が消えていったのでしょう。

引退してから数年の間は、まだ体力にも自信があって自分はプロアスリートだという気持ちがあったんです。

他のスポーツやアクティビティに初心者として挑戦する中で、過去の栄光を引きずったエゴは無くなっていきました。  

年齢を重ねることによってそう思えるようになった面もあるんでしょうね。

 

私はもう他の誰かと自分を比べたりはしなくなりました。もちろん過去の自分ともです。

この辺りの地域には私のように以前何らかのプロだった人達も多く住んでいます。彼らは皆かつての専門分野から離れ、そして次に行くべき道を探しています。

プロアスリートでは無かったにしても、ひとつの分野で成功を収めることができた人々という点では心理的に私と共通する部分があると思います。

 

奥さんが忙しく働く傍らで子供の送り迎えをするトロフィーハズバンド、なんて言われてるかもしれませんね。でもまぁそれもいいじゃないですか。笑
 

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-引退する時の自分に、もし5つアドバイスをするとしたらどんなことですか?-

 

  1. 次に何がしたいかがわからなくても心配無用
    先が見通せないことで今の状況に少し長く縛られ過ぎてしまっているのかもしれないですからね。
  2. 同じ経験を持つ先達の話を聞いてみること
    妻はそうして得た助けやアドバイスにより新しいキャリアを見事に築き上げた好例だと言えますね。
  3. リラックスして自らがやり遂げてきたことを振り返ってみる時間をつくること
    周りは口々に「これからどうするの?」と言ってくるけど「しばらくじっくりと考えてみるよ」と答えておけばいいんです。
    今振り返ってみると自分は素晴らしいキャリアを築いてきたと言えるのに、小さなことに囚われて当時はそう感じることができていませんでしたね。
  4. 指導者にはそれに専心する覚悟がない限りはならないこと
    引退後にコーチの道へ進むことは考えていませんでしたが、トライアスロンへの未練からなのか少しだけやってみたことがあります。
    自分にとって良い仕事だったのかもしれませんが、正直なところ心から楽しむことができませんでした。
    でも娘ができ、そして子供達に色々な種類のスポーツを教えるようになってから変わりましたね。子供たちに自分の持つ知識や経験を伝えてゆくというのは本当に素晴らしいことです。大人に教えるのと同様の学びや刺激があります。
    だって、考えただけで楽しそうだと思いません?笑
  5. 最後に。違う環境に身を置いてみること
    物理的に違う場所に移ってみるんです。市内ででも、別の街へでも、あるいは違う国でもいいでしょう。何か新しいことを始めたい、始めなければならない時、これまでの習慣が染みついた土地を離れて新たな暮らしを始めることが最高のリフレッシュになると思っています。
    私達はコロラドのノースボールダーからサウスボールダーへと移りましたが、本当に全てが変わりました。
    今、妻は仕事の転換期にあって私達は再び引越をすることになっています。次はずっと憧れていた場所、スティームボートスプリングスです。環境を変えることでまた新たな素晴らしい生活が始まると信じています。