筑波大学の紙上敬太准教授は、脳の「ワーキングメモリ」と呼ばれる機能と運動の関係について調査しました。その実験によると、ワーキングメモリは運動によって向上するという結果が得られています。まずは、このワーキングメモリについて、少しずつ理解していきましょう。

脳のワーキングメモリとは?

理解、判断、論理などの脳の知的機能を総称して認知機能と言います。その中の高次な機能に実行機能があり、これは「目標を達成するために行動、思考、情動をコントロールする能力」と定義付けられています。この実行機能を分類すると、主に短時間に情報を保持して処理する能力である「ワーキングメモリ」、自己を制御する「抑制機能」、場に応じて注意を切り替える「認知的柔軟性」の3つに分けられます。

「ワーキングメモリ」、「抑制機能」、「認知的柔軟性」は専門的な用語なので聞きなれないかもしれませんが、これらの機能は論理的思考力、計画力、問題解決能力と深く関わります。つまり、仕事を円滑に、効率的に推進するために重要な能力だと考えられます。

実行機能の研究者の中には「実行機能は心身の健康、ジョブサクセス、QOL(Quality of Life:生活の質)の向上など、私たちの生活のあらゆる面に関わる重要な機能」と表現する人もいます。つまり、仕事面だけでなく私たちの生活や人生の幸せに深く関わっている機能だとも言えるのです。

安静後と運動後、「脳のはたらき」はどう違う?

脳研究の世界では、2000年頃から20〜30分程度の運動後に実行機能が改善される、つまりは仕事がはかどるようになることは明らかになっていました。今回の実験では、どのような運動がより効果的なのかに着目し、自転車運動を用いて運動した場合と安静を保った場合の2つの条件で、ワーキングメモリの働きがどう変化するかを調べました。

被験者は30〜50代の男性28名。画面に数字が次々と表示され、2つ前の数字と同じかどうかを答える2バックタスクというテストを用意し、ワーキングメモリを評価しました。この2バックタスクを25分間の自転車運動の前・直後・30分後25分間の安静の前・直後・30分後に行い、その正答率や反応時間、反応時間のバラつきなどを調べました。(2回のテスト後に新聞を読む時間をはさんだのは、安静条件を運動条件で同じ環境にするためです)

正答率については、安静条件で変化が見られなかったのに対し、運動条件では運動前と比較し、運動30分後に有意に向上しました。運動した後に正答率が高まったのは、ペダリング運動がワーキングメモリを活性化したことを示していると言えます。運動直後には息が上がっていたり、汗をかいたりしていることもあって、少し時間を空けた後の方がより高いパフォーマンスに繫がるようです。

反応時間のグラフを見ると、安静条件では3回目のテストで反応時間が短縮しましたが、これは同じテストを繰り返した慣れの影響だと考えられます。一方、運動条件では運動直後から反応時間の短縮が見られ、運動30分後はさらに反応時間が短くなりました。つまり、反応時間の短縮は自転車運動の後の方が大きかったという結果でした。

また、反応時間のバラつきですが、「バラつきが小さい=パフォーマンスが安定している、集中している状態」と言えます。この反応時間のバラつきも自転車運動の後の方が小さいという結果でした。特にバラつきの減少は運動条件の運動30分後に顕著に表れていました。

「仕事前の運動」に適しているものは?

実験では運動後にワーキングメモリがよくはたらいていることが確認できましたが、仕事前などの一時的な運動には頭を使わない単純な運動の方が適していると考えられています。仕事前に頭を使う複雑な運動をすると脳が疲労し、悪影響を与えかねないからです。

脳も筋肉と同じようなもので酷使することで疲れるため、仕事前には何も考えないで集中できる単純な運動が向いています。疲れない程度の自転車運動は、まさに「脳力」を発揮するための事前の運動として適しています。

一方で、長く習慣的に取り組んで運動を継続していくには「楽しさ」が不可欠になってきます。長く運動を続けるには、頭を使って競い合うテニスのようなスポーツだけでなくエクサゲームも有効だと考えられはじめています。エクサゲームとはエクササイズとゲームを掛け合わせた言葉で、最近人気の手に持ったリモコンに反応して、身体の動きと連動した画面を見ながら行うゲームなどもそのひとつですね。運動を続けられないという人は、まずこういうゲームから身体を動かす習慣をつくっていくのもひとつの方法です。

「家事」も脳の機能を高める?!

仕事と同様に、段取りを組み立てて行動に移すという一連の動作は、家事や料理にも当てはまります。予定を立てて、何時までに何をすると考え、行動に移すことはまさに実行機能であり、認知的トレーニングになると考えられます。加齢による認知機能の低下の防止にも役立つかもしれません。今回の実験で明らかになったように、やはり身体を動かさないと脳も動きません。体力向上のためだけでなく、認知機能の向上につながることも理解して、前向きに自転車を活用していきましょう。