前回の健康Labは、心と自転車の関係についてのお話でした。

Vol.53“自転車は心を開放する。サイクリングですっきり澄みわたる、脳の秘密。”

自転車はどうして気持ちがいいの?

今回は自転車から得られる気持ち良さの秘密を感性工学の観点から探っていきましょう。感性工学による快適性、安全性を追究した自動車開発に従事された、中京大学の井口弘和教授にお話を伺いました。

感性工学とは?

技術先行の設計ではなく、乗る人の状況を第一に考えた「人間中心設計」。人が感じる快適性や特性を理解し、モノづくりに生かすことが感性工学の役割です。

あらゆるモノにあふれ、望めば手が届く現代。そのような時代に必要なのは「もっと人を幸せにする」、「使って幸せになれる」モノ。エコや省エネなどの従来の価値感だけではなく、人の幸せにつながるモノづくりだと井口教授は考えています。

自転車は五感刺激が多い

自転車運動は坂道を下ったときのスピード感、視界の変化、重力の変化が特徴的です。景色の移ろいを目で、耳でしっかり捉えることができます。視界が流れていくあの体験はウォーキングにはありませんし、エンジン音が響くオートバイやクルマでは鳥のさえずりや虫の声まで聞き取ることは難しいでしょう。

乗りものとの一体感

オートバイも自身と一体感のある乗り物ですが、エンジンで駆動する分、乗せられている感覚に近くなります。自転車は自分の足でペダリングを続けるため、速度と足の動きがリンクしてオートバイよりも一体感を味わうことができると考えられます。そして、実はこのペダリングにも気持ちよさの秘密があるのだとか。

気持ち良さ = 疾走感・浮遊感・開放感

ペダリング後に足を止めても自転車はしばらく滑走を続けます。自分が動いていなくても速やかに走行できるというのはウォーキングやランニングにはない特徴で、開放的でとても気持ちが良いものです。あの滑らかな疾走感は、ジブリ映画によく出てくる浮遊しているような感覚に似ていると井口教授は言います。

浮かぶように、飛ぶように、景色や音を感じながら、流れに身を任せていられる瞬間。それは他では得られない“自転車の気持ち良さ”の理由のひとつなのでしょう。

自転車はウォーキングより快適感が持続

自転車とウォーキング、同じペースでそれぞれ30分間行っているときに気分がどう変化するのかを確認したのがこの実験データです。ペース130は自転車では速こぎ、ウォーキングでは速歩きに相当します。

こちらは自転車とウォーキングのペースの違いによる気分の変化を表しています。ウォーキングではペースによっては不快な気分に偏ってしまうことが多い一方で、自転車はどのペースでも快適な気分が保たれていることが分かります。

スピードや回転数を変えながら、気分の違いを意識的に感じ取ってみることも自転車の楽しみ方のひとつかもしれませんね。

丁寧にモノと向き合う=暮らしの質を高める

人の価値感が多様化している現在では、満足の尺度も人それぞれです。アメリカの心理学者であるマズローの欲求5段階では、

1.生存(生理的)欲求

2.安全欲求

3.社会的欲求

4.尊厳欲求

5.自己実現欲求

となっていて、最も高い欲求が自己実現欲求だと位置づけられています。自己実現とは創造的活動を望むことでもあり、自転車はさまざまな感性を刺激し、創造的な体験を可能にする道具として位置づけることができると考えられます。つまり、“自転車は最もレベルの高い欲求を満たすことができる”とも考えられます。

①所有感

自転車は万年筆のように使い込んでいく所有感、あるいはずっと行動を共にするパートナーとしての魅力もあります。“丁寧に時間をかけて、手をかけて、使いやすく、そして使い込んだ自分だけの一台を作りあげる”。まさに創造的な、そんな楽しみ方をしている人も多いことでしょう。

②フレームカラー

ファッションやメイクのように、色は自分の気持ちを表現するものです。井口教授の研究によると、外交的で活発な人は黄色を好み、中庸(平均的)なタイプの人は落ち着いた青や緑を好む傾向があるとのこと。フレームカラーで自己表現することも創造的な体験のひとつです。

③ラチェット音

ペダリングで足を止めた状態でそのまま滑走すると、“チチチチチ…”と音がしますね。これをラチェット音と言います。スピードによって変化するこの音、とても軽やかで心地良く響きます。このような小さな機械音も感性に刺激を与えてくれます。

このように、自転車は感性を刺激することで得られる気持ち良さと、丁寧に向き合うことで得られる満足感や充実感により、さらに気持ち良さを感じることができる乗り物であるということがわかりました。そして、大切に扱うことで暮らしの質を高めてくれることでしょう。

この機会に、より快適に乗れるような新たなパーツへのアップグレードを検討したり、自転車のコンディションを見直して、価値や質とともに創造性を高めてみるのはいかがでしょうか。
井口教授は今後さらに、速さを競わない自転車、好きなファッションで気分が高まるように、乗ってワクワクする自転車など、デザインも仕様も機能性先行型の従来の価値観を超えた自転車が実現できると期待しています。

マインドスイッチでは、自転車や自転車通勤による健康的で豊かなくらしを実現するための情報をこれからも皆様にお届けしてまいります。