オレゴン州のポートランド市は全米一自転車に優しい街と呼ばれていますが、単なる自転車の街ではありません。

消費税(州税)がなく、街は清潔で、豊かな自然に恵まれています。温暖な気候であり、海の幸やワイン・地ビールなど美味なものが多く、アメリカ人の住みたい街ランキングで決まって上位に選ばれる街です。

また、石油依存社会への抗議活動が毎年行われ、都市の持続可能性の道をリードするサステナブルソリューションを提供し続けており、環境に対する意識の高い人が多く住んでいる都市でもあります。自転車にやさしい街になったのは必然だったと言えるでしょう。

歩いて暮らせるコンパクトな都市

ポートランド市の交通政策を語る上で“メトロ”の存在は外せません。

メトロとは、地域住民により選ばれた議員が運営するオレゴン地域政府のこと。

管轄するメトロ地区はクラカマス、マルトノマ、ワシントンの3郡25市にまたがっています。ポートランド市は人口約65万人で、この地域およびオレゴン州最大の都市です。

メトロはオレゴン州やポートランド市などの地方政府と連携して主に都市計画を担当しており、交通計画もメトロの担当です。

20世紀初頭からクルマに依存した都市計画による郊外拡張を意図的に制限して来ました。オレゴン州では、全米でも珍しい都市成長境界線(U G B)というものが設けられており、街や地域の端部ではなく中心部を成長させる戦略を取っています。

U G Bの外側は農地と森林地帯と定められていて宅地は開発できず、内側はクルマだけでなく人のために道路を設計することで「歩いて暮らせるコンパクトな都市」を目指しており、住宅から学校や職場、食料品店、娯楽施設まで「歩いて20分で行ける街」がほぼ実現しています。

ポートランド市の通勤手段

通勤手段のうち、ポートランド市ではクルマ(運転)が57.8%で最も多く、次に公共交通機関が12.6%で続きます。3番目はクルマ(同乗)が8.4%、僅差で在宅勤務が8.2%となっています。オートバイや自転車での通勤を含む、その他の通勤手段が7.5%で全米総計の1.8%を大きく上回っています。

メトロ地区の交通手段別割合

出典:METRO NEWS 2020

ポートランド市を含むメトロ地区では、市民の7割が通勤にクルマ(運転/Drove Alone)を使っており、やはりクルマ通勤が圧倒的です(左側)。通勤以外の全ての移動(右側)ではクルマ(同乗/Carpooled)と徒歩が大きく増えていることが分かります。自転車も通勤2.6%全て2.9%と健闘していますが、ポートランド市以外を含むと自転車通勤の割合は半分以下にまで下がってしまいます。

出典:METRO NEWS 2020

全米の他都市と通勤に関して比較してみると、メトロ地区(グラフ左端)は平均の通勤距離が7.1マイル(11.36km)で、平均の所用時間が26分となっており、いずれも他地域と比較して少ないことが分かります。クルマ利用が減っていることから交通渋滞も他地域に比べると穏やかです。

メトロ地域政府の取り組み

2020年の政策では約50億ドル(約5,000億円)の予算を計上し、主に道路のインフラ整備と公共交通機関の延伸、主要道路の歩道整備や自転車のネットワークを整備することになっています。このプロジェクトはCOVID-19後に人々が安全に移動できることを念頭に置いているため、国や州、郡、市など地方政府から約28億ドル(約2,800億円)の資金を追加提供される予定です。

また、道路の安全性を向上させる政策が並行しており、ポートランドの周辺を走る自転車用道路の整備約900万ドルを含む、約10億ドル(約1,000億円)の予算が計上されています。

ポートランド市交通局の取り組み

2010年にPORTLAND BICYCLE PLAN FOR 2030で世界最高水準の自転車都市となるべく、約1,548kmの自転車ネットワークを整備する計画をメトロと共同で策定し、できる限り低ストレスの走行空間を目指し、現在も運用されています。

出典:PBOT(Portland Bureau of Transportation)2010

ポートランドのシェアサイクル

またポートランド市内には、近隣に本社を置くナイキがスポンサードしたシェアサイクルBIKETOWNがあって通勤・通学にも利用されています。ハブと呼ばれるポート数が180箇所、自転車の台数は1,500台となっており、スマホがあれば観光客でも簡単に借りられます。解錠に1ドルで利用1分あたり0.2ドル。

自転車本体はアメリカ仕様で頑丈、チェーンも切られないようシャフトドライブになっています。シェアサイクルはメンテナンス状態が心配ですが、さすが全米一自転車にやさしい街だけあって、シェアサイクルの整備も行き届いているようです。

自転車通勤補助

2010年策定のPORTLAND BICYCLE PLAN FOR 2030によると、従業員に自転車通勤を奨励した企業は毎月最大20%の免税インセンティブを提供することができるほか、全ての就業日の80%以上を自転車で通勤した従業員には毎月38ドル(約4,000円)をポートランド市から交通補助金として支給できることになっています。通勤交通費は自己負担が当然のアメリカの中では、かなり手厚い福利厚生制度です

自転車産業

ウィラメット川にかかる橋を渡るイベント

この10年間でポートランドでは自転車が一大産業になっており、注文を受けて自転車を作るハンドメイドバイクショップや自転車ツアー会社、貸し自転車ショップ、バイクラックや特注アクセサリー業者など100社以上の関連企業が軒を連ねています。温暖な気候なので、自転車ガイドツアーや自転車レースも一年を通して行われており、関連イベントも目白押しです。

おわりに

ポートランドの語源は「緑色の都市」という意味だそうです。過去に置き忘れてきたものを取り戻すかのように、自然と共存しながらコンパクトに暮らす。これはまさに本来の人間の姿ではないでしょうか。自転車にやさしい街は地球にもやさしい街でした。

マインドスイッチでは、自転車や自転車通勤による健康的で豊かなくらしを実現するための情報をこれからも皆様にお届けしてまいります。