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- ライドへの自信はブレーキから
- 17/06/2026
この手紙とペダルは、ユタ州に住むマットが是非話したい物語があると、初夏に南カリフォルニアにある北米シマノ本社に送ってくれたものです。25年にわたる彼らのアドベンチャーに貢献できたことを、私たちは嬉しく思います。これからの25年も、楽しみにしています。
この度、当ウェブサイトにて、従来より販売しているブランドのラインナップ情報へのリンクを新たに追加しました。
新たに設定したブランドは以下の通りです:
ROAD : TIAGRA/SORA/CLARIS
MTB : ALIVIO/ACERA/ALTUS
LIFESTYLE : ALIVIO/ACERA/ALTUS, TOURNEY
これらのリンクは、各カテゴリーの「PRODUCT」内にある「GROUPSET」に設定しております。
各ブランドのラインナップや部品ごとの詳細な仕様・特徴については、ブランド名をクリックしてご確認ください。
この手紙とペダルは、ユタ州に住むマットが是非話したい物語があると、初夏に南カリフォルニアにある北米シマノ本社に送ってくれたものです。25年にわたる彼らのアドベンチャーに貢献できたことを、私たちは嬉しく思います。これからの25年も、楽しみにしています。
シマノファミリーの皆さまへ
Re: 帰郷
From: 1991年生まれのM737ペダル
親愛なるシマノファミリーの皆さまへ
私は、帰郷を決意したことを皆さまにお知らせすべく、この手紙を書きました。私のオーナー、マットがミルウォーキーにあるWheel & Sprocket で私を購入してから、25年も経ったとは、本当に信じられない思いです。これまで私は、3台のマウンテンバイク、数えきれないほど多くのライド、数千マイルのライド、そして想像を絶するほどのクラッシュを生き抜いてきました。しかし、とうとう疲れ果て、25年前に旅立ったシマノで余生を送ろうと思います。
マットと私が出会ったのは1991年。彼がGT Karakoramを売って最新モデルのSpecializedのStumpjumperに買い替えた時でした。ウィスコンシン州南東部のエマ・カーリン・トレイルズへ出かけるとすぐに、マットと私の愛と葛藤の物語が始まったのです。初めのうちは、マットは私が嫌いでした。ビンディングペダルから足を外すことになかなか慣れなかったからです。しかし一方で私を愛してくれました。なぜなら当時、シカゴから来たライダーたちは皆、まだフラットペダルを使っており、すでに私を使っているマットをとても羨ましがっていたからです。まったく単純な男だ!
1年後、マットはウィスコンシン大学マディソン校に進学し、Stumpjumperと私も一緒に連れて行きました。今思えば、とにかくサイコーで、本当にラッキーでした。マットは週末になるとフラットペダルを私に替えて、マウンテンバイクでのトレイルライドを楽しみ、平日は、フラットペダルでキャンパスに通いました。マットと一緒にキャンパスに通えなかったことは残念ですが、毎週末ペダルを付け替えてくれてよかったと思っています。というのも、1996年に彼のStumpjumperはキャンパスで盗まれてしまったのです。まあ、退屈で非効率なフラットペダルが、マットじゃなくてしょうもない奴の手に渡ったのはよかったですね。
春先にマットとトレイルを走れないことに、最初はとてもがっかりしました。でもその後マットは保険金を使って、ミルウォーキーにあるBen's Cycleで新品の1997 Stumpjumper S-Worksを購入しました。それは当時で$1,500くらいで、とんでもなく高い自転車でした。緑のフレームにショックアブソーバーの赤色がアクセントになった、クリスマスカラーの自転車です。私は期待と不安が半々でした。またライドできることにワクワクしましたが、新しいバイクにはハイエンドのXTRがフル装備だったので、気後れもしていました。でも、バイクを買うときにお店の人に「ペダルは必要ないです。前のバイクで使っていた737があるから」とマットが言ってくれたので、私は飛び上がるほど嬉しかったです。そして、私たちはまたライドに出かけました。
エマ・カーリンでの初めてのライドは今でも忘れられません。友人と出掛けたライド中に、トレイルの分かれ道で止まっていると、シカゴから来たライダーたちが私と新しいS-Worksのことをじろじろと眺め、とても羨ましがっていました。それは、私としては良い出来事でしたね。
マットや友人達とのウィスコンシンでのライドは、数年間続きました。その後、2002年にマットはユタ州のソルトレークシティへの移住を決めました。1997年にモアブを訪れたことが移住のきっかけでした。マットと私は、スリックロード・トレイルとポーキュパイン・リムを走りました。駐車場が舗装されて、新しいホテルが建ち、ライダーで混み合うようになる20年も前のことでした。私、マット、友人たちが一緒に何マイルも走って、とても楽しい思い出です。マットと私は、ソルトレイクシティのロードバイククラブに入って、何年も一緒にライドを楽しみました。ユタ州、アイダホ州、コロラド州、ワイオミング州で、誰にも邪魔されずにトレイルを何百マイルも走りました。マットのバイクと私は時代遅れだと、よくからかわれましたが、それでも私たちのライドは続きました。
その後、2010年にマットは新しいフルサスのStumpjumperを買うことに決めました。ついに、その時が来たかという感じでした。私は内心、気が気じゃなかった。$4,000の新しいバイクには当然、新しいペダルを付けるでしょう?
しかし、マットはバイクを買うときに、Ben's Cyclesに「ペダルはいらない」と言ったのです。ほっとすると同時に、正直かなり驚きました。何ということでしょう!
私は新しいStumpjumperに装着され、ふたりのアドベンチャーは続きました。新しいバイクに乗り換えてから、マットは肩の手術を受けたり、肋骨を骨折したり、何度か脳震盪を起こしたり、頸椎の手術も受けました。それでも彼は毎回、私とライドに出かけました。
先週末も私たちはモアブで一緒に過ごしました。でも私は、自分がもうヘトヘトだと分かりました。ベアリングはもう完全にダメになっているし、スプリングはへたってしまっている。マットが私を箱から取り出してバイクに付けてくれた時から25年。言いたくはなかったけれど、私はマットに、もう潮時だと告げました。それから一度も、マットは私のテンション調整をすることもなく、分解して掃除することもありませんでした。昨日マットはREIに行って、新型M8000を一式買ってきました。彼らがしっかりとバトンをつないでくれることを願っています。もし彼らが私と同じだけ長持ちしたら、その頃マットは66歳だ。きっと私とマットとの関係は大抵の結婚生活より長続きしたし、とにかく本当に楽しかったです。
これまでの感謝の気持ちを伝えたくて、手紙にしました。またここに戻ってこられたことがとても嬉しいです。
- 737ペダルより